終活をはじめよう

ロンブー淳さん監修の遺書アプリ|伝えたい事って意外とある

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最近の私のルーティーンになっている音声配信の聞き流し。今朝、スタンドエフエムの音声ライブで
ロンブー淳さんがお話していた「遺書を書く事について書いていきます。

終活を進める上で、すごく刺激になる内容でした。きっかけは、いつもこうした日常にあるものなのですね。とてもタイムリーでした。

私も、少しずつ終い支度を考えるお年頃ですし同じように、感じて下さる方が居たら嬉しいです。
遺書は悲しみを伴う言葉ですが、生きているのがツライと感じている人、年齢問わず、生きる意味に迷っている若い人達にも「遺書」と言う、ちょっと強めのアクションに出会う事で、光が見えてくるかもしれないと思います。

淳さんは、現在、大学院の修士論文の締め切りに追われてらっしゃるご様子でした。勤勉で全く嫌みのないところが多くのファンの心を掴んでいるのでしょうね。人の為に役立つ事を起業しているという印象も受けました。

本題ですが

あなたは遺書を書いたことがありますか?

私は、何度か書きました。

出産のときや、大きな病気かもしれないと疑ったとき、そしてコロナが流行り始めた時、夫と、三人の娘、妹達、そして友達へ書きました。

断捨離したばかりなのに、こんな物を私の死後、家族が見つけたらどれだけ処分に困るか、想像しただけでも申し訳ないですが。

今までは「死ぬかもしれない」と言う場面でしか書くことがありませんでした。
書きながら、涙が出てくるんですが「まだ 他人事」の気持ちもありつつ、そのうち少し冷静になって「きっと大丈夫、まだ死なない」と言う根拠のない安心感に満たされるのです。

センチメンタルな、おばちゃんですね。

でも、ここで記す「遺書」は「今を生きる」に焦点を当てた、すごく前向きな捉え方なんです。

生きることに前向きになるためにも遺書は必要で、かつ、遺書は何度も書くべきだ淳さんおっしゃっていました。つまり、遺書の上書きですね。

自分で読み返すことができると言う事は、すでに遺書ではなくシンプルな自分あてのメッセージになっているように思います。

自分以外の人に読まれて初めて「遺書」としての存在になるわけでそんなに大きく身構えず、この記事を目にしてくれた貴女の遺書を書くハードル」が下がればいいな、と思います。

私は、あえてアナログにこだわってとっておきの万年筆で、書こうと思います。

ちなみに淳さんの開発した

ITAKOTO

と言うアプリ。
動画で残す事を目的としています。淳さんが自らのお母様へお願いしたという体験談も公開しています。

まだiPhoneのみ対応のようですが、気になった方ぜひトライしてみてください。

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