終活をはじめよう

52歳で終活を語るのは、早すぎる。このお話は、寝かせるべき?

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52歳にして、終活をはじめました。決して早くないな、思い立った時がタイミングだな、と感じたんです。同世代の方・そして同世代の子供を持つ、先輩たちへ届いたら心から嬉しく思います。

何故、今終活なの?

マイナスの響きを持つ「終活」をなぜ始めようとしているのか。「新型ウイルスの猛威」や「身近な人の死」そして「先の見えない毎日の脅威」に怯えていると思ったからです。

死をリアルに感じると「焦り」に似た感情と「ヒラキナオリ」のような気持ちに支配されるのでしょうか。残された時間があとどれくらいか、見当がつかないけれど、しっかりと生きていくためにも考えなくてはいけないテーマですね。

そもそも終活って?

終活の言葉には、マイナスなイメージもありますが、反対にプラスのイメージもありませんか?
先日、友人とお墓について話しましたが「お墓に入らないで、野山に蒔いてもらう葬式」をしてもらいたいとか「葬式はしないから、連絡来なくなったら死んだと思って~」などと大笑いしながら話しました。
まだお互い元気。だから冗談交じりで不謹慎な話題も笑い飛ばせるのですよね。のん気なものです。
ひとつのコミュニケーションの一部のような、終活はじめたの!と言う言葉は、深刻な雰囲気になる
ばかりではい、と言う事です。でも、正直とってもとっても難しいお話です。終活をテーマに書きたいと思ってすでに6時間が経過・・・書いて消しのスパイラル・・・
まだ、両親の見送りをしていないのに、終活について考えるのは、違うのかなと、どこかで思っているからでしょうか。答えがないのに、それを書き記す事で、読んだ方が迷走しないかな・・・頭から湯気が出る程、考え悩みましたが手始めに「万が一、私の身に何かあったら処分に困るもの」は何かを洗い出しそれを自分で整理した事を書きます。これだけでも、かなり終活した気分になったのです。

整理整頓

基本の整理整頓です。「これは私でないと処分できないもの」をどんどん捨てていきました。そして最後に残った「どうしても、これは捨てられなかったもの」が一番、残しておきたくないものだと気付きました。自分でも驚きました。きっと「はい、これが終活ですよ!」と、取ってつけたように終活をしたところで納得は出来ないと思います。言葉ばかりが先行して「やった気持ちになる」程度の行為かもしれません。

まとめ

背伸びをして、終活を語りたいと思いましたが52歳は、人生時計14:30、もうすぐおやつのお時間。やはり、まだ早いのかもしれないです。でも、未熟ものだからこそ、これからも終活をこのblogのテーマにしていきます。

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