終活をはじめよう

52歳で終活を語るのは、早すぎる? このお話は、寝かせるべき?

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crop man writing in notebook with pen

52歳にして、終活をはじめました。

きっかけは「コロナ」の副作用でもある「引きこもり」。

ELLE
ELLE

ずっと家にいるよね?

家に居る時間が急激に増え「限られた人」だけの接触になりましたね。

LATTE
LATTE

ボク達はずっといっしょだね

本当に必要なモノを「見極める時間」が増えました。

これまでの人生の「反省」もたくさんしましたが、

歴史に残るほどの「試練」を与えられているなら「逆手」にとろう。

そう思えるようになりました。

未来。未来をみなくては!

LEO
LEO

ボク達のおかげでしょ^^

まずは自分と向き合う

round mirror with white frame

変化を出来るだけ、冷静に感じられるようにまずは「分析」です。

これ、できていませんでした。

自分のことは自分がよくわかっている

なんて、誰が言ったのでしょうね。

分かっていないんですよね。分かった気になっている。

だから、自分を客観視してみます。

そして次にこの3つを実行。

❶後回しにしていた事を書き出す

❷ぼんやりを「カタチ」にする順番を「具体的」に思い浮かべてみる

❸リアルでも非リアルでも良いので「公言」する

「生き方」なんて大袈裟なのですが、なんとなく生きてきてしまったツケを支払う感覚です。

自分の人生の見直し。

七五三とか成人式とかのような節目が「終活」だと思います。

そして、

決して早くない、思い立った時がタイミングだな、と感じたんです。

同世代の方に届いたら心から嬉しく思います。

なぜ「今」終活なの?

時代が目に見えて「大きく変化している」からです。

「平和ぼけ」の時代を抜けて「しっかり生きなきゃ」と自覚せよ、とお告げされていると感じたから。

「常識」が「非常識」になるだろうな。

と、強く感じるなら「今」なのだと思います。

せっかくの「人生」いちどきりなら、今から「見直し」て「無駄をはぶき」豊かになりたいのです。

LEO
LEO

おおげさだよ・・!

「無理やり」ですが、

残された時間があとどれくらいか、見当がつかないけれど、しっかりと生きていくためにも考えなくてはいけない。

そもそも終活って?

macro shot photography of tea candles

「終活」とはその名の通り「人生を終える」までの活動のこと。

捉え方は自由ですが「人生を終える」までの活動は一貫していると思います。

人・モノ・お金

生きていくのには、絶対に欠かせないものたちの「見直し」のこと。


先日、友人とお墓について話しました。

〇「お墓に入らないで、野山に蒔いてもらう葬式」をしてもらいたいとか

〇「葬式はしないから、連絡来なくなったら死んだと思って~」などと大笑いしながら話しました。

終活の言葉には、マイナスなイメージもありますが、反対にプラスのイメージも。

友達と話してふとそんなことに気付きました。


まだお互い元気。

だから冗談交じりで「不謹慎」な話題も笑い飛ばせるのですよね。


ひとつのコミュニケーションのような「終活はじめたの!」と言う言葉は、深刻な雰囲気になる
ばかりではないのです。

でも、正直とってもとっても難しいお話です。

終活をテーマに書きたいと思ってすでに6時間が経過・・・ブログは、私の脳内を整理するツールですが、言葉選びで迷子になります。


まだ、両親の見送りをしていないのに、終活について考えるのは、違うのかなと、どこかで思っているからでしょうか。

答えがないのに、それを書き記す事で、読んだ方が迷走しないかな・・・

頭から湯気が出る程、考え悩みましたが

手始めに「万が一、私の身に何かあったら処分に困るもの」は何かを洗い出しそれを自分で整理した事を書きます。

これだけでも、かなり終活した気分になったのです。

整理整頓

baskets clean color cotton

基本は整理整頓です。

「これは私でないと処分できないもの」をどんどん捨てていきました。

時間も脳みそもかなり使います。

正直、簡単ではないです。

「思い出の無いモノなんて存在しない」んです。

ELLE
ELLE

生きた長さだけ多くなるのね

そして最後に残った「どうしても、これは捨てられなかったもの」が一番、残しておきたくないものだと気付きました。

LATTE
LATTE

想いが強いものは本人でないと処分は無理ね

自分でも驚きました。

きっと「はい、これが終活ですよ!」と、取ってつけたように終活をしたところで納得は出来ないと思います。

言葉ばかりが先行して「やった気持ちになる」程度の行為かもしれませんが「やらなきゃ」と常に頭にあった「後回し」への罪悪感はなくなりましたよ。

まとめ

背伸びをして、終活を語りたいと思いましたが52歳は、人生時計14:30、もうすぐおやつのお時間。

やはり、まだ早いのかもしれないです。

でも、未熟ものだからこそ、これからも終活をこのblogのテーマにしていきます。

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